朝、出発する前に配偶者がお留守番するぬいぐるみさんたちを円状に並べていて、写真を撮ろうと思っていたが、バタバタしていて忘れた。
ついでにマスクも忘れた。
新幹線に乗っている間車窓からの景色を眺めながら駅弁のチキン弁当を食べた。こんな贅沢なことがあるか、と思ったが、新幹線や電車に乗っている間、エンタメとして楽しんでいる車窓の景色は、誰かにとっては日常の風景かもしれなくて、そういうのは、なんか、不均衡だよなと思った。構造として。
「旅行」が「逃避」だという感覚はよく分からなかったが、それは過去のわたしにとって「逃避」が「娯楽」ではなく切実さを持って行われていたからだと気付いた。
道中道の駅に寄ったりスーパーで買い出しをしたりして、17時半過ぎに義実家に着いた。
お土産を渡しに義祖母に初めてあった。可愛げのあるおばあちゃんという感じだった。
晩ごはんはしゃぶしゃぶだった。締めは雑炊。もうおなかいっぱいだ……と思ったところに間髪入れずに甘いものが冷蔵庫から出てきたりして、大変だった。太るか浮腫むかしそう。
夜は疲れも出て、何度か気絶し、ぐずりながら風呂に入った。節水のため勢いのないシャワーに不機嫌になったりした。旅先の、つまりこちらが異邦人であるときの、風呂を借りる行為は面倒臭い。この面倒臭さに嫌になる度、早く帰りたいと思う。普段家にいてもシャワーを億劫がるくせに、不思議だ。