寂しさは鳴る

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Twitterのbioを変えた。かなり気に入っている。

『違国日記』を引用するために久々に一巻を手に取ったが、細かなところはかなり忘れていて驚いた。また『違国日記』の実写映画化が迫っていることや、アニメ化も決まったということを知り、まだ最終巻も読んでないのに……と焦っている。

鑑賞し終えた本や映画があるので、感想を書いていく。

『障害者差別を問いなおす』著者:荒井裕樹 ちくま新書

読むべき本を読んだな、という実感がある。新書を読むときは気になった箇所に付箋を貼りながら読むようにしているので、付箋を見返しながら感想を書く。

2020年第一刷発行のこの本は2016年に起きた相模原事件を起点にして、障害者差別とそれに障害者本人たちがどう闘ってきたのかを「青い芝の会」を中心に綴られている。

そもそも何が「障害者差別」に当たるのか、それに対して障害者本人たちはどう抵抗してきたのか、ということがかなり丁寧に説明され、解説されている。読んでる間ずっと具合が悪かった。

具合が悪かった理由として、1960年代や70年代の出来事が書かれているのに、全然今と差別構造は変わらないよね〜というところがつらかった。この本に書かれていることは何一つ「終わった話」として語れることではないだろう。

差別に抵抗する側は、抵抗しなければいずれ自分たちも殺されてしまうだろう、という、自分たちに向けられた殺意を敏感に感じ取っているがゆえに強く抵抗する。しかし、差別している側は自らの殺意を「愛」や「正義」や「同情」にすり替えてしまうため、抵抗されると反発を覚える。

本書の中には優生保護法の話も書かれている。わたしが付箋を付けたのは、兵庫県の「不幸な子どもの生まれない運動」で実際に作られていたというパンフレットの資料で、「あなたのために」と大きく題されている。そうだよね、差別はいつだって「あなたのために」という顔を装ってやってくるよね……。

障害者って生まれてこない方が/いない方が幸せだよねという圧は、別に今でも全然あるし、わたしも感じたことは何度もある。それは直接的にその言葉を言われたのではなく、「障害者に生まれて苦労する」だとか、「障害者でも働いて生きがいを見つけよう」だとか、「障害者だとしても先入観を持たずに接してあげよう」だとか、そういう顔をして現れる。

人権教育を取り上げようとしたとき、日本には以前「責務」と「恩恵」の意識が根強く、人権への前提意識さえ共有できていない、という話はたびたび目にしたことがあるが、「恩恵」っていうのはまあ、体の良い差別のすり替えですわなということが、この本の中でも繰り返し出てくる。本当にそうですよね〜。

わたしは障害者であり、障害者の立場からこの本を読んだ。しかし、この本で「健全者」と称されるところの立場の人がこの本を読んだら、どう感じるんだろう、と思う。

また「青い芝の会」で脳性マヒ者同士が結婚し、子どもを産んだとき、その子どもが「健全者」だったことが、「青い芝の会」の解体の遠因になった、というのも興味深かった。もしわたしがこの先子どもを産んだとして、子どもを持ったわたしは再びこの本を読んで同じことを思うのだろうか。違うことを考えるのだろうか。

差別。差別ってしない方がいいし、されない方がいいけど、じゃあどうしたら……。どうしたらいいんでしょうね。果てしない。

『君の名前で僕を呼んで』監督:ルカ・グァダニーノ

数年前に話題になっていた映画。余談だが、『障害者差別を問いなおす』の中でもナチス・ドイツの話に触れられていた後に、『君の名前で僕を呼んで』の主人公がユダヤだと語られるのは、ちょっとびっくりした。

感情移入のできない映画で、比較的楽に観られた。のめり込んで観るというよりは彼らの生活を、風景を、自然を、官能を、窓から覗かせてもらっている、みたいな感じだった。

でもその中でも、主人公と元ガールフレンドが「一生友達でいよう」と握手をするシーンや、寂しさと悲しさに心を失いそうな主人公に父親が寄り添うシーンもよかった。

「君の名前で僕を呼び、僕の名前で君を呼ぼう」というのは主人公たち二人が交わした秘密なんだけど、映画終盤オリヴァーが登場せず声だけの出演になり、互いの名前だけが残る、というのもよかったな。よかったです。

そういえば『障害者差別を問いなおす』を読んでいるとき、たびたび志賀さんのnoteを思い出した。

このnoteの中で志賀さんは「絵を見ろ!」「こちら側に来い!」ということを言っている。それは少し「健全者」への復讐じみた感情も混ざるが、でも同時に、そうなのかもしれない、とも思う。

差別をなくすにはどうしたらいいか、というの、みんなが孤独や寂しさにかえる、ということなのかもしれない。「あなたのため」だの「社会が」だのの蓑を被らず、「みんな」が一人ぼっちにかえることから始まるのかもしれない。エリオがオリヴァーを好きになって一人ぼっちになったように。「一人ぼっち」の言葉を知って、ようやく対話ができるようになるのかもしれない。

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